東区の伝説から

目のお守りについて

「このへんトラベラー」(中京テレビ)の番組内で取り上げられた“目のお守りについて 神明社の御祭神である天照大御神の御神徳は、広大無遍にして太陽の如く万物に光を与え生かし育み、また明鏡の如く天地の万象を大小もらさず御照覧され、真の心を持って信仰する者には真の恵みを与え、明なる神は眼病の者にも光明を与え病をも癒すといわれている。そのひとつに、眼病を患いだんだんと目が見えなくなると言われた人が、『今までいろんなものを見てきたが、神さまのお姿だけ見たことがない。見えなくなる前に一目神さまのお姿を見てみたい』と、毎日毎日神明社にお参りしました。そんなある日、夢枕に天照大御神さまがお立ちになり、その光輝くお姿を見るとたちまちに目が見開き回復したという話があります。 神さまの光り輝くお姿を見られる方はどれだけいるかわかりませんが、少しでもその御神徳を得られる様に目のお守りがあります。

キリシタン灯篭

千利休亡き後、天下一の茶人になった古田織部(1544~1615年)。名古屋城築城後、数奇屋普請を行った時、加藤図書助の館に滞在。その当時、好んで造らせた織部燈篭が、名古屋城の猿面茶席や神戸文左エ門の庭にあったことが、江戸時代の随筆に出ている。十字架をデフォルメしたようにも見えるこの燈篭は、脚部に地蔵のような像を浮き彫り、隠れキリシタンがひそかに拝んだ「マリア観音」とも言われるが、諸説紛々。織部愛好の燈篭として後年の模作が山ほどある。赤塚神明社に一基あるが真偽は別にして間違いなくキリシタン燈篭である。一部分修繕してあるが社務所裏に立っている。

東区の伝説から

神様といえば、多くの人は神社を思い浮かべるはずです。「神社は神様のいるところ」という感覚は、生活の中に自然に溶け込んでいる。では、どういう神様が祀られているのかということについては案外知らない人が多いのではないだろうか?別に不都合なことはないし、名前なんか知らなくとも、神様の存在を感じられることが大事といえばそれまでのことで、それでもいいと思うのだが文化的にはさみしい話である。 ここ神明社にお祀りしてある天神社の伝説を!<名古屋区史シリーズ東区の歴史>から原文のまま”あの人形がほしい”山口町の神明社の話だけどえも。子供のころの豊臣秀吉が、地元中村の日の宮神社の祭礼の時に、露店で母に買ってもらった人形は、泥で作った天神様だったと。(天神様のように偉い人になろう。)と思って育ち、後に、太閤秀吉になったわなも。その人形が、回り回ってここの天神社の御神体におさまっとるぜぇも。 注 学問の神様菅原道真と、天下統一の夢を果たした秀吉の二人に関連する伝説。道真は神童といわれ、道真を形どった人形は、出世人形とか呼ばれ、天神としてあがめられた。